【会員短信】



日本学士院賞及び恩賜賞受賞者の原昌宏名誉博士とお会いして



 法政大学小金井キャンパスでは、2023年9月15日にホームカミングデーとして、キャリア相談会、名誉博士号授与式及び記念講演、理系コンソーシアム設立記念式典などが行われました。筆者も理系コンソーシアム様と自治体様の交渉に若干のご助言をさせていただいた関係で、キャリア相談会の見学から参加させていただきました。

理系コンソーシアム設立記念祝賀会では鏡開きが行われました。



[日本学士院賞及び恩賜賞受賞者の原昌宏名誉博士]

 この日の懇親会には、同日、名誉博士号授与式及び記念講演を行われた日本学士院賞及び恩賜賞受賞者の原昌宏名誉博士も参加されました。筆者は情報処理技術者でもあるので、若干専門的な事柄についてもお聞かせいただきました。特に、講演でおっしゃっていたQRコードの開発の経緯で、純粋な数学的手法では解決困難な問題を全く異なる学術体系に属する手法を組み合わせて解決した点に殊更関心を覚えた次第です。
 しかしながら、流石は原様、後日いただいたメールでは「課題解決はどちらかというと高度な学問より、自分の経験と幅広い知識(浅くてもよい)から生まれるアイデアが重要」と、悠然としたお言葉をいただきました。専門的な学術分野を深く調査されたであろう事は想像に難くないのですが、何かに拘りすぎると良くないという意味なのでしょう。考えさせられるご指摘をいただいた次第です。

(写真右:日本学士院賞及び恩賜賞受賞者の原昌宏名誉博士。中央:筆者が今回の式典にお誘いした筆者の知人。左:筆者。)



[日本学士院賞及び恩賜賞とは]

 日本学士院賞というのは、「日本の学術賞としては最も権威ある賞」¹ とされ、恩賜賞はその受賞者の中で特に優れた研究に対して皇室の下賜金で授与されるもの² ですので、実質的な「最優秀賞」という事になると思います。また、式典には天皇皇后両陛下が臨席されます。

(画像:日本学士院賞及び恩賜賞受賞に関する報道[日テレNEWS 2023.6.12 https://www.youtube.com/watch?v=Jbc-uKahLbE])



[報道を見て思った事]

 最近あまりテレビを見ていないせいか、日本学士院賞の報道をみると、原様にお言葉をお掛けになられていらっしゃる皇后陛下のお姿が気になりました。
 今年の2月に法政大学神奈川県校友会で開催した「昭和歌謡コンサート」³ にも来て下さった知り合いがいるのですが、皇后陛下のお父様と同時期に旧ソ連外交関係の仕事をされ、やはり駐モスクワ日本大使館勤務の際は、娘さんを皇后陛下と同じモスクワの学校に通わされたそうです。その方から色々とお話を聞かせていただいていた事もあり、旧ソ連出身のご学友様も多くいらっしゃるであろう皇后陛下の心中をお察しし、心苦しく思いました。
 知人によると、現在のロシアとウクライナの戦争について「そもそも、大衆は(対外)戦争だという事自体分かっていないのではなかろうか。それどころか、ウクライナという国とロシアという国がなんなのかも分かってないかも知れない」というのです。
 最初は耳を疑いましたが、ウクライナのゼレンスキー大統領やロシアのプーチン大統領、その他40代以上の世代というのは、ソ連の学校に通った世代で、ロシアとウクライナでは民族構成も近く、言語もロシア語とウクライナ語では「日本の方言程の差はない」という事もあって、「おそらく彼等の内、政治とは比較的遠い一般大衆は、日本に例えれば関西と関東で戦っている感じか、もっと近い文化圏で戦っている感覚ではなかろうか」というのです。
 その話を聞いて、私は「なるほど、鳥羽伏見の戦いの様な感覚であろうか、私の故郷は官軍側に付いたものの幕府軍の撤退に同情する人は多くいたと聞いた」と、妙に納得しました。そう考えると、皇后陛下も、かつてソ連にお住まいであった当時のソ連人同士が戦っているのを聞いては心を痛めておられるのではないか、とお察しいたしました。
 2022年にロシア・プーチン政権は、ウクライナに侵攻し、東部地域だけでなく首都のキーウまで兵を進めました。ロシア軍の兵力は圧倒的で、西側諸国はゼレンスキー大統領等ウクライナ政府幹部等に亡命を勧めましたが、ウクライナ政府幹部達は、これを拒否。徹底抗戦を主張しました。私も、圧倒的兵力を誇るロシア軍を相手に、生きては帰れないと思われたであろう戦いに笑顔で出征するウクライナ兵達を、小学生位の男の子と妹らしい女の子が敬礼して見送るシーンには感動を覚えたものです。(ウクライナは1994年のブダペスト合意によって自国の核兵器の放棄と引き換えに、英米露の保護を受けるという強力な安全保障協定によって護られており、ウクライナの軍備への甘さには一定の根拠があったのは事実。)
 ウクライナ側は民衆のボランティアを中心とした火炎瓶闘争などの抵抗運動で次第に体勢を整え、2022年5月ごろのハルキウ、リマンの戦い辺りから優勢な場面も多くみられる様になるまでに至りました。
 この問題では、私はプーチン政権に非があると思っています。プーチン政権はウクライナ政府をナチズムであるとして「ウクライナの非ナチ化」を口実に戦争を開始した訳ですが、1945年のニュルンベルク国際軍事裁判ですら、ナチ思想や、その他の社会主義思想を理由に処刑されたという話は聞ききません。「思想」を理由に戦争を行うという事はあってはならない事だと思います。
 しかしながら、ロシアに詳しい人達の話を聞けば、ロシア人全てに怒りを向けるのも妥当ではないかも知れません。全てのロシア人がプーチンと同じものという訳ではありません。実際、最近のニュースを見てもインターネットを通じて政権批判を行った者達が毒殺されそうになったり、微罪で何度も投獄されたりという話をよく聞きます。簡単にいえば言論弾圧のまかり通る社会となってしまっており、一般の国民は従うしかないというのが実情なのでありましょう。
 ここまでは、閉鎖的な村社会の悪い例や、標的にされるのが嫌で自分達を私物化し利用する事だけが目的の悪意の者達に牛耳られても、理不尽に目を背け、自分の細やかな居場所を高齢者の集団などとかわりませんが、ロシア人というのは、日本人とは違う歴史的価値観を持っているそうで、多少、国民を抑圧しようが弾圧しようが、国家を私物化して私服を肥やそうが、認めてしまう国民性があるのだそうです。
 「長幼の序」など孟子の漢学を導入して大衆を抑圧しようとした幕府が、国学や孔子の漢学を学んだ若者達の蜂起によって倒されるなど、抑圧には反抗があり、幾度となく民族内での政権の交替を経験してきた私達日本人とは異なり、ロシアの歴史というのは強力な異民族に隷属する歴史です。異民族支配が無くなったとされる現在でも強力な指導者を求める傾向が強いとの事。これには、ロシア人というのが戦争に弱い人種であるという認識(彼等がしきりに挑戦的な発言をするのは、争いに弱い民族であるという事の傍証でもありましょう。)と、周辺を非スラブ人の強靭な民族に囲まれているという事情もあります。ロシア人が考える強い民族の代表は、やはりゲルマン人とノルマン人でしょう。次に恐れられているのが日本人だと思いますが、ものの見事にロシアは強敵に囲まれています。
 更に悪い事には、ロシア人が恐れる幾つかの民族の多くが「西側」という分類に属しています。したがって、ロシアの外交政策は、ドイツに対し優勢に戦える事が分かった第二次世界大戦直後を除けば、西欧や日本との軍事的対決を避け、宣伝戦や外交等で優位を得ようとする傾向がありました。(ゲルマン人もノルマン人、日本人もいない地域でしか軍事衝突を行っていない。実際の軍事力行使はスラブ国家への介入や中東方面、日本以外の東洋諸国などに限定されていました。)
 私は2021年にロシア大使館を訪問し、当時、駐日大使だったミハエル・ユーリエビッチ・ガルージンの話を少し聞いた事があります。とはいっても「世界平和」などの高尚な関心があった訳ではなく、ロシア産原油等の話が聞けるかと期待しての事でした。(とはいっても、私は既に石油業界を離れており、ビジネスというより経済学者的な関心でした。)

(画像:ロシアの経済協力に関する話が聞けるに違いないと期待して満面の笑みの筆者。)

 しかしながら、彼の話は、序盤からして西側諸国への批判でした。志ある人は「そこで戦争反対と叫べば良かったではないか」というかも知れません。しかし、私は、そこまで義侠心のある方ではないし、ロシアというのは、1991年の8月革命以来、外交的駆け引きにおいて西側に押される一方で、また、西側諸国も西側諸国の価値観を押し付けていると取られても仕方がない部分もあリました。特に、西側諸国が複雑な駆け引きを多用する部分はロシア人からみれば陰険にみえたであろうし、西側諸国も西側とは異なるロシア人の無理解、異なる道徳観を容赦なく責め、制裁を課すなどし、ロシア人達は「彼等を信頼して門戸を開いたが、彼等の約束は多くが嘘であった。ロシアはあらゆる場面で西側諸国に欺かれ、騙され、奪われ続けた。それにも関わらず、西側諸国の帝国主義者は覇権主義の障害となるロシアを破滅させるために、あらゆる陰謀を企画し、結託して我々を騙し、責め、制裁を課し、滅亡に導こうとしている。 ― 西側の甘言を信じてはいけない。彼等は我々を滅ぼそうとしている!」という感覚を持っているようで、困った事に、どうやら、一部の大衆だけでなく、多くの官僚や政治家までが、そういった強い観念を持ってしまっており、話し合いの余地は、全く無いようにしか思えませんでした。
 結局のところ、得られた結論は「クリミア、ドンバス問題に明るい兆しはない ― 惨劇は近い」という事だけでした。その時もそうですが、彼等の、彼等からみれば「正当な帝國主義への反抗」の規模を過小評価していました。半年先のウクライナ侵攻前夜も、全面的な侵攻は予想外で、「ロシアはハルキウからセバストポリにかけた地域を手に入れようとするに違いない。西側諸国は首都であるキーウと重要な港湾であるオデーサを重視し、経済的には重要だが、防衛的には護り難い地域であり、ハルキウ・セバストポリ線の方が費用対効果が高い。したがって、経済性を重視する西側はキーウ・オデーサ線に着目するのが合理的で、防衛を重視するロシア側はハルキウ・セバストポリ線に着目するのが最も経済学的に合理的となり、これがロシアの狙いで、キーウを攻撃可能な位置に占位しているロシア軍は陽動だと思っていました。
 結局、ロシア人達の西側諸国への疑念、つまり帝国主義者達の覇権意識なるものやナチズムに対する過敏な恐怖心が言論統制も含めた独裁的傾向を許容してしまい、益々、話し合いの通じない集団となってしまう、更に権力者達は、自分達で作り上げた帝国主義の脅威に対する民衆の敵意が、自分達を背中から刺すものにならないように、益々の強硬姿勢、独裁的傾向を招くという悪循環があります。



[ロシア情勢]

 ロシア情勢については、ロシア・東欧学会の兵頭慎治さんという方がお詳しいと思います。防衛研究所研究幹事と紹介されていますが、元々はロシアの外交史研究など歴史研究をされていらっしゃった方で、ロシア人の価値観などよくご理解されていらっしゃっる方です。

(上の動画は日テレが配信している「深層NEWS」です。「読売新聞オンライン」でも紹介されています。「[深層NEWS]ウクライナ特殊部隊のクリミア半島上陸「奪還の意志見せた」…兵頭慎治氏」

 
(左:兵頭さんの論文は雑誌『外交』(Vol.76, 2022年11月, 外務省発行, 定価820円+税)にも掲載されています。右:兵頭さんとはウクライナ戦争以前にお会いした事があります。ここでは書けないし、テレビでも言えない様な現実のロシア事情にもお詳しい方です。)



[参考]






2023年10月8日 
中村寿徳 





トップページに戻る




inserted by FC2 system